客引きのお兄さんたち

学生の頃、池袋の西口(東武口)で居酒屋のアルバイトをしていました。
店内だけでなく、路上に出ての客引きも仕事のうちでした。

飲み放題プランや、ビール一杯無料、などのサービスでお客を呼びこむものです。
他の居酒屋もチェーン店から個人経営の店まで、色んな店のバイトが客引きに出ていました。
そんな客引きの中には、キャバクラの客引きのお兄さんたちの姿もたくさんありました。

だいたいは黒のスーツを身につけていました。チャラチャラした茶髪の若者より、短髪で、ちょっと強面な感じの人が多かったように思います。

通りによって仕切っている組?グループ?が違うらしく、目を付けたお客さんが他の通りに入ってしまったら、追いかけることはありません。客引きのお兄さんたちは、そういう縄張りをかなりキチンと守っていました。
そのうちの一人、Aさんは前歯が一本欠けているお兄さんでしたが、人懐っこい笑顔でたくさんのお客さんを引っ張っていました。

当時私はまだ若い女子大生で、路上で酔っぱらいに絡まれることも多々あり…。そんな時、Aさんが私をよく助けてくれました。
同じ通りで客引きをしている人たちは、キャバクラだろうが居酒屋だろうが、なんとなく仲間意識がありました。
ライバルになりうるのに、「池袋が気に入れば、次はうちの店にも来るかも」という雰囲気でした。中華系の店が今ほど多くはなかったので、そんなに危険も感じませんでした。

そんなある日、池袋西口が妙に重々しい雰囲気になったことがあります。私がいつものように客引きのために店の外に出ると、Aさんがサッと近づいてきて「今日はやめとけ。看板もしまえ」と言うのです。

言うとおりにしてみると、黒塗りの車がやってきて、上等なスーツを着た、いかにも堅気ではない中年男性が通りを歩いていくのが見えます。

客引きのお兄さんたちは、皆、通りの左右に分かれて頭を下げています。後で聞くと、それはある組の幹部の方だったそうです。
あの時それを知らずに外で客引きをしていたら、目をつけられて大変なことになったかも、という話を後で聞きました。

その後もAさんは「バイト先に困ったらうち以外の安心できる店を紹介するよ」と声をかけてくれました。
卒業後はバイトも辞め、もう会うこともありませんでしたが、Aさんのことはいい思い出です。